物を捨てることは一種の快楽だと思っている。
要らない服を捨てる、不用品を処分する。
空いたスペースには本当に必要なものを置く。
また要らないものが出てくる。処分する。
物を捨てたり整理するのがたのしい。
物が急に増えたり、不要なものを押し付けられたりすると怒りすら感じる。
だから、物が捨てられないというのがわからなかったし、わざわざ「断捨離」「ミニマリスト」という言葉を掲げることが鼻につくような気がしていた。
昔の人や年長者の中には、物が多いことを良しとする考えを根底に持っている人もいる、という話をしたことがある。
なるほどと思った。
確かに、50~60代以上になるとそうだったのかもしれない。
だからこそ今、断捨離やら物を捨てるということがブームのようになっているのかもしれない。今まで物をため込んできた人が、その物の多さに困り始めてきているから捨てることに注目し始めているんだ。
そういう人たちの子供の世代は反動的なのもあって、あんまり物を持たない生活をしてり好んだりするんじゃないかなと感じている。
…まあ、何の根拠もない妄言なんですけどね。
某お昼の番組で、クロゼットの中に大量に詰まった服を分別して良い服だけを厳選するというコーナーがあって、そのすさまじさにあきれ半分面白半分で見ていたのでこんなことを書きたくなった。
私自身、あまり服に強い興味を持っていないからか、服を捨てることには苦労しなかった。
2年くらい着ていない服は捨てるし、まだ着れるけどちょっと子供っぽかったり、年齢に合ってない気がする服も捨てる。買ったはいいけど、合わせられるアイテムが少ないとか、そういうのも捨てる対象だ。
某番組では、依頼した方の理想のクロゼットになるよう、専門家的な人が服を分別していた。「自分の物の分別くらい自分ですればいいのに…」と思っていたが、その専門家の方は最近の流行りに沿っているかどうかや、依頼者が目指すファッションに合っているかどうかも含めて服を選んでいたので、そのあたりは有意義だなと感じた。
ちなみに物を捨てるの楽しいと書いたが、別に部屋に物がないわけではない。
割と机周りはいつも散乱している。
一応、必要なものとか、よく使うものを手元に置いておきたいからこんなことになっている。とはいえ、毎日使うものを置いているわけではない。普通に散らかっている状態。
収納スペースは十分にあるから本気を出せばいつでも片づけられる、という慢心のせいでこんなことになっている…んだと思う。
片づけるのが面倒だから物を減らしているというのは理由の一つとしては十分かもしれない。
一時考えていたのは、ミニマリストって究極のものぐさなんじゃないかっていうこと。
必要最低限のアイテムしかなければ、散らかしようがない。服も同じものしかないなら悩まなくていい。
ミニマリストに関しては興味はないし、そうなりたいとも思わない。ただ、服とか物に悩まないのはちょっとうらやましいかなって感じる。めんどくさがり屋なので。
一刻も早く昨日のくらーい記事を下に流したい一心でしょうもない日記を書いてしまった。
でも、このミニマリストはめんどくさがりや説はいつか書きたいと思っていたので、少しだけ触れることができてよかったかも。