てれひこ屋

日記&雑記帳。日常で感じたこと、好きなゲームのこと、いいと思った音楽のこと、自分のことを入れて煮詰めるための坩堝です。

他者に対する優しさに関する自分語り

いい年でありがながら実家暮らしをしている。

もちろん家業を継いでいる場合やおうちが大好きな場合、両親に親孝行したい場合なんかは実家暮らしでも当然だし、それ自体悪いことでは全然ないのだが、私の場合はなりゆきであり仕方なくであり、なんともしょうもない理由で実家暮らしをしているのでまったく褒められた物ではない。

 

実家に暮らしていると食費や生活費の心配がいらない代わりにいろいろ悲しいことがある。

親の思考力の劣化が主たるものだが、その他結婚、孫の期待やらなにやら様々面倒なことが多々ある。私の場合は親に気を使ってしまうのがかなり面倒だ。

 

 

春になると仕事が忙しくなる。私も実家の仕事の手伝い的なものをしているので、その忙しさがよくわかるのだが、今年は祖母の入院+施設への入居と先祖の墓じまい、そして祖父の年忌も重なり仕事だけでなく家のことに関してもあれこれ面倒なことが多かった。

母はその多忙の中で帯状疱疹を再発してしまった。

 

人の疲労や気疲れなんかは目には見えない。だからこそ他人にはその苦しさがわからなかったりする。

現に、私は母に対して(もっと気楽にやればいいいのに)とか思っている。とはいえ、母にとって今回の様々な厄介ごとと仕事の多忙さはかなりのストレスになっているというのは目に見えて明らかなのだ 帯状疱疹的な意味で

 

 

母は姑に対して私に文句を言いながらも慈悲をかけている。私にはそれがよくわからない。嫌いなら適当にやってしまえばいいのに といつも思っている。

 

 

 

 

 

 

私は少なくとも中学生のころには 自分が他者に向ける優しさとは時に虚しいものなのだと思うようになっていた。

 

小・中学生の頃の私は誰にでも優しくしている子供だった。その優しさは友人には特に顕著で、友人が求める要求にできるだけこたえていた。もちろん、そういった要求に応えることが私の喜びであり嬉しさであり、友人が「ありがとう」といって私のやさしさを受け取ることが報酬であった。

そうして友人に優しく接していくなかで、たまに(利用されているのでは)と思うことがあった。

「このゲーム貸して」と言われれば「いいよ」と答える

「このCD貸して」と言われれば「いいよ」と答える

「このトレーディングカード交換して!」と言われれば「いいよ」と答える

もちろん私の中の(これはいい、これはだめ)という範疇の中で「良い」と判断できたものだけ貸したりあげたりしてきたのだが、それでもなんとなく『利用されている』という思いは消えなかった。

 

 

「優しさ」は時に利用されてしまう。意識的でも、無意識でも。また、いくら多少無理をして優しく接したところで、相手がその「無理をして優しくした」を理解されない場合だってあるのだ。

そのうち私は「自分はもっと自由にしていいのではないか」ということに気付いた。

私にとっての「良い」は広すぎる。面倒臭いことやちょっとだけ嫌なこともすべて『拒否』してしまえばよい。それでちょうどいいのだ。と。

 

 

もう酔った勢いであれこれ書いてみたが、私の小学生時代の他者に対する優しさはある意味異常でもあったと思う。あの頃の私の自我はあるようでなかったような気がする。ただ、その異常な優しさのおかげて誰かの味方になれたこともあるし、今現在の私自身その当時の私のことが嫌いなわけではない。

でもその異常すぎる優しさというのは、自身の保身のためだったのだろうな。それが当時の私の生存戦略だったのだ。

 

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