真っ白な、何もないところから書く文章というのは難しい。
何を書く?
説明文?感想文?日記?レシピ?批評?問題提起?絵?
今まさに、何もない『白紙の文書』に文を書こうとしているが、それはつまり自分の中に蓄積されたものから何かしらの材料を掘り出し、一つの物を完成させる作業だ。
***
冷蔵庫の残り物で料理を一つ作るのと同じだ。冷蔵庫の中に何もなければ何もできない。
私の中にも使える材料が入っているものだとばかり思っていた。少なくとも学校を卒業してすぐの頃は、そんな風に思っていたような気がする。
働き始めるようになって、気づいた。きちんと保管していたと思っていたものが使えないものだった。全然使えないのだ。そもそもの中身が少なかったのに加えて、今まで積んできたと思っていたものの大半はダメだった。発酵すらしない。すべてが腐敗しているように感じる。
周りの人はみんな建設的に『人生』を作っていたが、私はそうじゃなかった。途中で何もかも放棄した。冷蔵庫の中身と相談して、新しい食材を買うことを放棄した。レシピを考えることを放棄した。何もしていないように見えていた人たちも、気が付けば何か形を成したものを作り出していた。
私は焦燥に駆られた。
調味料棚の砂糖が「飴」と囁いたから、飴を作ることにしたんだ。不格好で苦くて食べられたものではない、まずい飴を作って「これじゃない」と嘆いているのが私なのだ。甘い汁を吸うことすら満足にせず、なんとか人並を気取ろうとした結果がこれだ。
つらいものだ。人に見せることも味合わせることもできない。砂糖水を見せびらかして「これは私の作ったものだ」と言い張ることしかできないのだ。
なんと哀れなことか。こうなるともはや羞恥という苦汁をどこからともなく膿み続けることになるのだ。ひどい痛みを伴いながら、延々と苦く不味い飴を作り続け…
だが私は思った。
何もないなら、何もないことを利用してやろう、と。
私には使える材料など何もないが、物を見る目を持っている。聞こえる耳を持っている。ここまで生きてきた なけなしの経験と、温く柔らかく膨れた、すぐにでも血を吹き出してしまいそうな精神を持っている。
それで、いいのではないだろうか。
いっそ冷蔵庫の中身をきれいに掃除して 少しずつ足していけばいい。
その前に、良質な氷でも作ろう。
私は天邪鬼な調理器具たちに声をかけ、鍋に水を汲む。
***
『こうもり傘の住処』 第3章 2節「冷蔵庫の中身に関する独白」より