てれひこ屋

日記&雑記帳。日常で感じたこと、好きなゲームのこと、いいと思った音楽のこと、自分のことを入れて煮詰めるための坩堝です。

水さえ遣ればなんだって増えるもんだと思ってた

 

 

リボベジというものをご存知でしょうか。

リボーンベジタブルの略で、野菜の根っこ部分や葉っぱ、根菜の頭の部分を敢えて多めに残してカットし、それを水に浸すなどしてお手軽に植物を育て、あわよくば収穫まで漕ぎつけようという試みです。ものによっては観葉植物のように、見て楽しむということもあるようです。

例えば、ネギは根っこの近くを長めに落として、人参なら葉っぱの生える頭の部分を水に浸しておくと新しい葉っぱがムクムクと生えてきます。

豆苗でリボベジをやったことがある人は多いかもしれませんね。根っこを水に浸しておくだけでもう一度遊べるドンになるアレがリボベジなのです。

 

さすがに水耕栽培だけだと限界があるのですが、それでも小ねぎやニンジンの葉っぱなんかは元気に伸びてくれます。ニンジンの葉っぱはもさもさ生える割にどう使ったらいいものかちょっと悩むんですけどね

本気でやるのであれば地植えや鉢植えにすると良いと思います。

我が家では、私が気まぐれでキャベツの芯を土に植えておいたらモコモコと葉っぱが生えてしまい、今では蝶たちの産卵の場や虫たちの餌場として大活躍しています。つまりは食べれそうな状態ではないのですが

 

 

小さい頃はアボカドの種の育成日記をつけていた

いまでこそリボベジなどと立派な名前がついていますが、野菜や果物の不可食部の生育は昔から行われていますね。

 

私が小学校低学年の頃、母にアボカドの種を水に浸けておくと芽が出るということを教わりました。

牛乳瓶いっぱいに水を入れ、その上にアボカドの種を乗せておくだけ。

これで芽がでるというのです。

私は自主学習ノートに、このアボカドの種の成長を絵日記のように記していくことにしました。

担任の先生はおじさん先生でしたが、こまめにコメントを書いてくれる人でした。たまにコメントと一緒に簡単なイラストを付けてくれることもあって、それもまた成長日記をつけるモチベーションになっていたように思います。

 

最初のうちは細かな変化がいろいろあって楽しかったです。

つるつるだったアボカドの種にだんだんとしわが寄ってきたり、お尻の部分から細い根のようなものが出てきたり。

芽が出るのを今か今かと待っていたのですが、そのうち変化が全くなくなってしまいました。

 

変化がなければ書くこともない。

変化なしが2,3回続いたところで、日記をつけるのを止めました。

結局その後も何も起きず、アボカドの種はそのまま放置され、いつの間にか消えてました。

私の初めてのリボベジ体験は失敗に終わったわけです。

 

 

そもそもアボカドの種は一度でも冷蔵してしまうと発芽しないのだ、ということを知ったのは大学の頃でした。

当時のアボカドをどのように保存していたかなんて、もはや知る術はありません。仮に冷蔵保存していなかったとしても、そのアボカドの種自体、発芽できないものだったのかもしれません。

 

ちょっと前に日帰り温泉施設に行ったとき、アボカドを種から発芽させたのを飾っているのを見かけました。傍にはアボカドの種から育てたという説明もあって、育てた人の喜びを感じたのと同時に、私の心の中には多少の「羨ましい」という気持ちも浮かんできました。

うちのアボカドはいつだって中途半端に変化して、発芽はしないからなぁ。

 

 

小学生の水耕栽培ブーム

アボカドの種のことや、『生活』の授業でアサガオの種を発芽させたことがきっかけ だったのか、当時小学校低学年だったの私の中にはなかなか間違った方向の水耕栽培ブームが起きていました。

 

小学生頃の浅はかな私は、何を思ったか、水さえやればなんだって成長して、いずれ増えるものだと考えました

 

とりあえず何か育てたかった私は、手っ取り早く手に入りやすい、両親の使っていたソフトコンタクトレンズ水耕栽培することにしたのです。

 

ソフトコンタクトレンズはプルプルしていてなんだか可愛らしいと、当時の私は思っていました。たぶんクラゲと同等くらいには思っていた

だからこそ、コンタクトレンズなら水に入れておけばきっと素敵な変化があるはずだと考えたのでしょう。

 

2weekのソフトコンタクトレンズが使い終わる日を待って、育成を開始。

小皿に水を張って、そこにコンタクトレンズを一枚入れておきました。

確か、小皿の水はたまに入れ替えたり、コンタクトレンズを毎日観察したり、水耕栽培らしい行為はしていたと思います。

 

まあ、所詮はプルプルしているだけの合成樹脂ですから、これといった変化があるはずもないんですけどね。

 

水に浸かりすぎたコンタクトレンズが、フヤけて引き延ばされたのを「成長した!」と思い込み、単純に喜んでおりました。

さらにそのままコンタクトレンズの育成を続けるとどうなるかというと、コンタクトレンズはだんだんと黄変していった…ような記憶があります。これを見た当時の私は、幼いなりにこのコンタクトレンズを「年を取ったのだ」と解釈し、コンタクトレンズの栽培をやめました。

 

ソフトコンタクトレンズの一生を観察し、満足したのでしょう。

それまで何度かやっていたコンタクトレンズ水耕栽培ですが、年老いたコンタクトレンズを見届けて以来、コンタクトの栽培はやった記憶がありません。

 

 

キャベツの芯がモリモリ育って虫たちの楽園と化してしまったという話をするだけのつもりだったのに、なぜか昔の思い出までしてしまいました。

コンタクトレンズを育てていた話はいつか誰かに話したいとは思っていたので、いい機会だったということにしましょう。

…そもそも小学生の頃のコンタクトレンズ水耕栽培とキャベツの芯を土に埋めておくだけのリボベジをほぼ同列と思っている時点で、私の価値観とかちょっとした悪戯めいた好奇心は子供の頃からそう大きく変わってないのかもしれないな